瀬戸臨海実験所公式ブログ ‐ 地球の海と生命を科学する人々の日常。

Jan 25, 2014

モヅルハンターの戦い(上)

posted by Mokanishi

どうも孤高のモヅルハンターこと研究員岡西です。

2014年1月9日。

全ては串本からの一通のメールから始まりました。

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本日、近くの漁業者から珍しいヒトデがとれたと連絡があり、取りに伺ったところ別
添写真のヒトデでした。

形態からタコクモヒトデの様な生き物と察しますが、当方でとれたのが初めてなので

良くわかりません。
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ホームページを開設して約一年。ついにこのようなメールをいただくことが出来ました。
いろんな人にモヅルを知ってほしいという私の願いがかなった瞬間です。
私は喜びました。
私のマニアックな知識が、少しでも人類の役に立つのだと。
しかもタコクモヒトデとはまたなかなか珍しい種です。串本の沖となると、公式の記録は無いのではないでしょうか。
胸が高鳴ります。

残念なことに添付していただいた写真が開けなかったので、改めてプリントアウトしたものを郵送してくださるとのことでした。ありがたいことです。



----数日後----



おお!封筒が届きました!早速中身をば…


…ん?



!!??




!!!!!!!!!



こ、


これは!!!


タコクモヒトデでは



ない!!!




ないぞおおおおおお!!!!!






腕が分岐する、いわゆるテヅルモヅルです!!しかし、腕の先しか分岐していません!!!

私にはひと目で分かりました。


「ヤツ」だと。


モヅルの研究を初めて早7年が過ぎようとしています。
様々な乗船調査に参加し、酷暑の中、嵐の中を探し求めました。
しかし、「ヤツ」は採れませんでした。
漁港へ趣き、網にかかった採集物を漁ったあの日。
「ヤツ」は気配も表しませんでした。
北に標本があると聞けば写真を送ってもらいました。
DNA解析には適さないホルマリン標本でした。



そのヤツが今!!!



目の前に現れたのです!!!



なんということか!!



そしてさらに、その後のメールのやりとりで驚くべき事実が判明しました。



現在自然海水の流水で飼育しておりますので、今のところ元気に生きております。



今のところ元気に生きております。



生きております。



生きております。



生きております!!!



ヤツは…




ヤツは生きている!!!



ゴゴゴゴゴゴゴゴ…




行くしか無えぜ…





串本に!!!





続く

Jan 17, 2014

海と夜釣りと異形の影(下)

過去。過去。過去。
過去とは何だろう。
 
 かつて住んでいた街を訪れ、一つ一つ、いつか見た風景を眺める度に、あの頃がセピア色に蘇る。平原に潜む巨大な怪物が重い鎌首をもたげるように、過去は私の中にふいに現れる。私の心を、冬の北方の色もない湿原に佇ませるように、深く、暗く、冷たいところに沈めていく。
 また私はこの街を訪れてしまった。紀伊半島の南に位置する海沿いの街。私がかつて住んでいた街。夕暮れ時の海岸。あの時と同じように広い砂浜を裸足で歩いている。銀色の波が手招きをする。潮風が私の長いスカートを揺らして去っていく。磯の香り。輝く水面。海鳥の鳴く声。すべてが優しいものであったはずだった。だけれど。今の私はこの街に来る度に暗い不安に襲われる。何かを忘れている。それが思い出せない。いや、多分、思い出したくないのだ。けれども私は、何度もこの街を訪れてしまう。あのひどく揺れる電車に乗って。また私はこの街を訪れてしまった。

「海には何かが潜んでいる」

誰だったかそんなことを言っていた。
 
 太陽はもう半分が水平線に浸かり、反対側の空は紺色のアコーディオンカーテンを広げたように夜が広がっている。辺りは薄暗く、けれども夕日側の水面は宝石箱をひっくり返したようにキラキラと光りを反射していた。ふいに夜の闇に妖艶に光る蛍の情景が目に浮かんだ。背筋が冷たくなる。私は蛍が怖かった。蛍という虫が怖いのではない。あの闇夜に艶めかしく光っては消えていくあの風景が怖いのだ。そういう意味では、誰もいない夜道にぽつぽつと等間隔で光っている街灯や、クリスマスの時期に、誰が設置したのかもわからない、路地の隅の方で光っているイルミネーションなんかも怖かった。でもそれがなぜかはわからなかった。

 まだ宿に帰るには早すぎる。久しぶりにあの港に行ってみようか。この街に住んでいた頃、私はとある臨海実験所の学生だった。そこは研究に集中するには絶好の場であったが、当時の私は休日になるといささか手持無沙汰になっていて、女ながら魚釣りにどっぷりとハマってしまったのは仕方のないことだった。休日の院生部屋で小説を読んでいる時に、釣好きの先生から、「こんなに天気が良いのだから、釣りにでも行かないか」と声を掛けられたのが始まりだった。その先生と頻繁に通っていた港である。この街を去って、何度かここに帰ってきたが、その港に足を運ぶのは今回が初めてだった。


 懐かしい。本当に楽しかった。防波堤の先端まで歩いてみる。少し風が強くなってきた。スカートを押さえる。今日は釣り人はいないみたい。先端には大きなテトラが折り重なっていて、イカ釣りの人はよくここから投げている。水面を覗く。ふいに既視感を覚えた。耳鳴りがする。そう。私は前もこうやって恐る恐る水面を覗きこんだ。何があったんだっけ。もう少しなんだけど。
 防波堤の上を、もと来た通り戻っていく。もう辺りはかなり暗くなっている。私の目の前に連なる街灯がぽつぽつと点灯した。私から見て一番奥の街灯の下に誰か立っている。あれは.........。

「先生..............?」

その街灯の下の人影は何か口を動かしている。何だろう?何を言っているの?眼を細める。口の動きに集中する。

「海ニハ何カガ潜ンデイル....。」

あぁ、そうだった。私は、あの時............。

はっとした。きょろきょろと辺りを見渡す。街灯の下には当然ながら誰も立ってなどいなかった。





 夏で、お盆が近づいていた時期だった。私と先生はこの港で夜釣りをしていた。夜中の3時くらいだった。先生が水面に眼をやり妙な顔をしている。

「あれは、なんだろうね?」

私も水面に眼をやる。野球ボールほどの丸い緑色の塊が、長い尾を引いてくねくねと水面を泳いでいる。最初は5、6個程度だったのが、気が付けば10、50、100個と増えていった。その光の塊はS字を描きながら泳いだり、互いに円を描きながらくるくる回ったり、水面下に消えては再び現れたりした。そして私は、それは怖いものだと感じつつも、その幻想的な姿に見入ってしまった。まるで、闇夜に舞う妖艶な蛍の光のようだった。そして私は無意識に一つの光の塊に集中していた。その塊はしばらく8の字を描いて泳いでいたが、急に水面下に消え、また上に戻ってきた。そうだ。その時だ。そいつが消えて、再び姿を現した時、それは光の塊なんかではなかった。そう、あれは私のよく知っている..............。

「.................------------------っ君!!!!!!」

先生の声で現実に引き戻された。先生?なぜそんな怖い顔をしているの?痛い、なぜそんなに強く手を握るの?

後ろを振り向く。そこには暗い水面が広がっていた。私はもう少しのところで海に落ちるところだった。







その翌日、耳を劈く電話の音で目が覚めた。電話は実家からだった。


                                      完

                                  posted by 望月



Jan 13, 2014

海と夜釣りと異形の影(上)

 僕は当時、バックパッカーとして日本の各地を自転車で旅していた。大学の学部2年生の夏で、高校時代、夢に描いていた大学生活と(当然ではあるが夢のようにはいかない)現実とのギャップに、 半ば惰性的にどこで間違ったのかと生産性のない後悔を6畳の部屋でうんうん言っていた時に思いついたのだった。時は金なりというが、本当に時間がお金になったらどんなに良いかなどとそんなことを考えながらこの狭苦しい部屋で若さと時間にあふれる貴重な大学2年生の夏を潰してはならない、そんな強迫観念じみたものに急き立てられ僕は自転車に乗った。

 九州地方の海岸線を走っていた時だった。海の反対側は永遠と林が続いていて、眩みそうになるくらい騒々しく鳴いていた蝉の声が消え、代わりにどこか不安な気持ちにさせる蜩の声がカナカナと夕暮れの空に響いていた。その古い日本家屋が林の間からぬっと現れたのは突然のことだった。重い存在感にしばらくの間茫然としていた。少し躊躇ったが、もう夜も近いということで、今日はここに一晩泊めて貰えるようにお願いすることにした。Tシャツが汗でべったりと肌にくっついて気持ち悪かった。玄関から出てきたのは60歳くらいの女性で、事情を説明すると快く招き入れてくれた。その玄関に足を踏み入れた一瞬、庭に咲き乱れる饅頭沙華が眼に入り、立眩みに似た感覚を覚えた。蚊取り線香の匂いが鼻先を掠め、どこからか風鈴の音がした。
 お風呂上りに座敷部屋で団扇を仰ぎながら涼んでいた。横になっているとすぐに寝てしまいそうになる。現実が霞んでいく。この古い木造家屋が放つ独特の匂いが好きだった。天井の木目の模様を眺めながら深呼吸する。向こうの廊下から足音が近づいてきた。襖がさっと開き、先程の女性と同じくらいの年齢の男性が入ってきた。この家の主人であろうか。浴衣を着て両手には日本酒と煙管を持っている。

「旅、してるんだって?」

「はい...........。」

「まぁ、飲みなさい。」

彼はおもむろにその場に座り、酒を勧めた。しばらく無言で飲んでいた。僕は気まずくなって、もぞもぞと足の位置などをやたらと変えていたが、彼の方は薄く笑みを浮かべ気持ちよさそうに飲んでいる。

「夏だし、海も近い。少し昔の話をしよう。君もしばらく海沿いを走るなら気をつけたほうがいい。」

もう外は暗くて何も見えないが、彼の後ろの日本庭園に広がっているはずの饅頭沙華が騒いだ気がして、背筋が冷たくなった。 

 

 
 その臨海実験所は紀伊半島の南にあって、夏には関西の都市圏に住む人々を中心に観光客でにぎわう有名な浜辺の近くに立地している。
私は学生としてその実験所に住んでいたのだが、そのころは夜釣りにはまっていてね、ちょうど今日みたいな真夏日の夕方に、よく実験所近くの海に釣りをしに出かけていたよ。その日は夕焼けが怖くなるほど綺麗でね、釣れる予感がしていた。



まぁ、予感だけで、全然釣れなかったのだけれども。22時くらいだろうか、急に風が止んで水面が鏡みたいになった。風が吹かなくなっただけで、空気が異常に重くなった気がしてね、辺りも気味が悪いほど静かになった。何か眼に見えない布のようなもので辺りを覆われた感じかな。ふと、背中越しに気配を感じたんだ。ザっザって砂浜を歩く音がして。あぁ、実験所のメンバーが様子を見に来たんだな、そう思った。釣れていないから気まずくてね、無視して海に浮かぶ光ウキに集中しているフリなんかしてたよ。だけれどいつまでたっても声を掛けてこない。気のせいかと思って釣りを続けていた。そしたらまた、ザっザっザって砂浜を歩く音がする。なんだ居るんじゃないか。釣れてないのが分かっていて声を掛けないんだな、嫌味な奴め、そう思って振り向いた。そうすると居ないだよね、誰も。確かにあの音は重みのある何かが砂の上を歩いた時の音だった。一回だけなら気のせいで済んだかもしれないのだけれどねぇ。どんなに辺りを探してもやはり私しか居ないんだ。急に気味が悪くなった。それでも引き上げられないのが釣り好きの性でね、せめて一匹だけでもって粘ってしまった。


 ごくり。僕は思わず唾を飲み込んだ。日本酒を飲みすぎたせいか、喉が異常に渇いている。煙管から出ていく煙が天井に染み込んで消えていった。夏の夜の日本庭園。風鈴の音がどこからか聞こえてくる。一体どこに吊り下げているのだろう?せっかくお風呂に入れてもらったのに汗を沢山掻いてしまった。暑い。そういえば、窓や襖を空けているのにさっきから全然風が吹いていないじゃないか。


 結局、時計の針がてっぺんを過ぎるまで粘ってしまった。もう今日は無理だな、片づけをしようとしてその場に屈んだ。...............そしたらまた聞こえてきたんだ。ザっザっザって。今度は私のすぐ後ろから砂を踏みしめる音がした。私は一瞬凍りついた。光ウキを握りしめながら、震えていた。もう最初の足音がして二時間は経っている。普通の人間がうろうろとただ歩くためにだけに、そんな長時間こんな処に居るはずもない。しかも灯りも持たずに深夜に。だけれども私には振り向く以外の選択肢はなかった。だから思い切って振り向くことにした。額から、嫌な汗が流れていた。その時だった。ああ、ちょうど振り向こうとしたその時だ。私の後頭部のすぐ後ろから鈴の音が聞こえてきたんだ。

'.........................チリン........................'


 
 座敷部屋はもとの沈黙に戻った。体の表面は暑く、不愉快な汗が伝っているのに、体の中は寒さに震えている感覚だった。座敷の隅の方で虫か何かが動いた。思わず日本酒を飲む。粘っこい液体が喉を這うように通って行く。風鈴の音が聞こえる。彼は煙管から煙をゆっくりと吸い込み、吐き出していく。

「それで..........?」

「それだけだよ。」

僕はふぅーと長い息を吐いた。畳の網目に爪を引っ掛け、がりがりと手を持て余す。だいぶ飲みすぎたらしい。頭がぼんやりする。

「君も海辺を夜に通る時は気をつけた方がいい。」

「............はい。あの、さっきから風鈴ですか?いい音色ですね。」

彼は一瞬驚いた顔をして、すぐににやりと笑った。


「君ね、風も吹いていないのに風鈴が鳴るわけがないだろう................」



                                          続

                                      posted by 望月