瀬戸臨海実験所公式ブログ ‐ 地球の海と生命を科学する人々の日常。

Jan 31, 2013

タイへ行ってきました(前編)

どうも研究員のMokanishiです。1月15-21日までタイにフィールド調査に行ってまいりました。
今回はセミナーなどではなく、クモヒトデの採集が目的です。私の本業です。

タイの首都バンコクのはるか南のナコーンシータンマラートに行ってまいりました。
たくさん写真を撮ってきましたので、ダイジェストでどうぞ!


バンコク着の翌日、朝五時にホテルを出発。これから車で十時間かけて現地に向かいます。

今回はチェラーロンコーン大学(名門です!)の先生との合同調査です。先方でチャーターしてもらったワゴンの車内。ゴージャスです。運転手さんもお雇いです。
朝八時ごろ、SA的な所で朝食。皿にライスを盛ってもらい、ずらっと並んだおかずの中から二種類を選びます。
早速タイカレーに舌鼓を打ちました。美味い!!


少し明るくなって、近くに山があるのがわかりました。空気が澄んでいます。
途中、いきなりスコールに!!
熱帯地方感が高まってまいりました。
そしてすぐに止みました。乾季だったようで、空気もカラッとして快適でした。熱帯地方感がさらに高まってまいりました。


ここで昼食を。これは日本のイ〇ンと同じ…?











今度は麺を注文してみました。中華麺から平麺、うどん的な太麺など種類も様々。ここでは平麺をチョイス。
途中大学(名前失念)に寄ってダイビング用のタンクを借りました。恐ろしく広いキャンパスで、そこらじゅうに牛が。
世界は広い。
タンクを貸してくれた大学の方々と、それを撮影するF先生(私の院生時代の指導教官です)。
タンクを車に積み込む学生のSe(セー)さんと、ドライバーのNung(ヌン)さん。

セーさん背中にはガン○ムが!?
疲れて車内で寝てしまったF先生(右)と、チェラーロンコーン大学のApple先生(左)。
二大巨頭の昼寝というレアなシーン。ちなみにAppleというのは愛称だそうです。
運転し続けること九時間。少し景色が変わってきました。山が多くなってきたような?

ついに到着!かと思ったら、ここは事務所らしく、宿泊施設はここからさらに奥地へ。

あとひと踏ん張り!


























 運転することさらに三十分…。



















今度こそつきました!

両側に立ち並ぶ宿泊棟。その向こう側に広がる海。

リゾート感丸出しです。
チェックイン後、近くの海岸をお散歩。ほぼプライベートビーチ状態を満喫しました。
謎のデカい穴発見。さぞ立派な主だと思われますが、残念ながら姿は見せず。
打ちあがった貝たち。白浜でみられるものと違う気がする。



波と戯れる犬。気温は35度。犬だって水につかりたくなってしまう暑さです。










陽が暮れてきました。幻想的な雰囲気があたりに漂い始めます。
このあたりではイルカがみられるらしく、ホテルの名前のロゴにイルカが。残念ながら今回の調査では見られませんでした。
夕暮れ。ライトにぼんやりと浮かび上がる宿舎。
息をのむほど美しい夕暮れ。我が人生ここに極まれり。
夕食の光景。こういう野外での食事が多かったです。南国ならではでしょうか












こうして無事目的地に到着し、明日からはいよいよ調査開始です。はたしてクモヒトデは採れるのか!?それ以前に調査は無事に終わるのか!?

激動のタイ調査後篇へこうご期待!

Jan 29, 2013

畠島の石碑

posted by 大和茂之

昭和天皇の記念碑が畠島にあると聞いたので、現地で確認して来ました。場所は、島の北西端の三角点の付近とのことでした。以前、この付近を歩いてまわったことがあるのですが、記憶にはありませんでした。 藪こぎをして、登って行くと、木立の中に見つかりました。


「聖上臨幸之所」という文字と、「昭和四年六月一日」という文字は読み取れましたが、それ以外の記述はありませんでした。

隣にある神島ほど有名ではありませんが、畠島にも昭和天皇は上陸されています。1929年(昭和4年)6月1日の午前中、瀬戸臨海実験所を訪問された後、午後は、田辺湾周辺の生物採集ということで、実験所の南浜から乗船されて、四双島・塔島などで採集された後、神島にて南方熊楠と出会われています。その後、畠島へは小丸島のあたりから上陸され、付近に露出する貝類の化石を観察されたり、その周辺の転石下の生物を採集されたりしています。さらに、砂浜の場所でギボシムシなどを採集された後、付近の地形地質をご覧になったとありますから、後に天然記念物となった化石漣痕(1931年2月指定)などを見られたものと思われます。有名な南方熊楠の昭和天皇への御進講は、この後戦艦長門へ戻って行われています。

この石碑は、ちょうどそのような昭和天皇が歩かれた範囲を見渡すところに建てられています。

このときの昭和天皇の和歌山県訪問を記念した石碑は、あちこちに残っています。神島にある南方熊楠の「一枝もこころして吹け沖つ風わが天皇(すめらぎ)のめでましし森ぞ」の碑は有名なものでしょうが、瀬戸臨海実験所の構内にも「臨幸記念碑」があります。ところが、畠島のこの石碑のことは、これまでに聞いたことがありませんでした。

畠島は、1960年代の半ば頃、大規模な観光開発計画で畠島の自然が破壊される危機にあったとき、国費で購入してもらい、瀬戸臨海実験所が管理することになりました。その時期に、畠島の自然環境の重要性を記したいろいろな文章が残っていますが、この石碑に関する記述は見当たりません。

この石碑は、おそらく昭和天皇が訪問された直後の時期に建てられたものと思われますが、いつ誰が建てたものか、知りたいと思います。このような歴史に詳しい方のご教示をお待ちしております。

追記:「白浜町誌 本編下巻一」の451ページに「昭和五年(1930)男爵三浦英太郎の揮毫により建立された」との記述がありました。この三浦英太郎 は、当時畠島を所有していた紀州徳川家から派遣されて、昭和天皇を畠島で出迎 えた方のようです。ネットで検索をすると、紀州藩の家老の家系であったらしく、また南方熊楠とも接点があったようです。これらのことについては、さらに調べて行きたいと思っています。

Jan 21, 2013

畠島の視察

posted by marikok

[南東からみた畠島]
無人島である畠島は、田辺湾に生息する様々な海の生物を観察できる美しい場所です。瀬戸臨海実験所が管理する実験地となってから40年以上も保護されており、 「畠島海岸生物相の1世紀調査」という長期の調査計画が継続されています。また、昨年の夏だけで60名もの実習生がこの島を訪れ、磯観察として海岸生物の形態や生態を学びました。

[乗船する実験所員]
しかし近年では、無断上陸した海水浴客による、ごみの投棄や火気の使用が問題になっています。畠島にはそのような行為に対して注意を呼びかける看板が設置してありますが、より効果的な設置を検討するため、今日所員による視察を行いました。




[投棄されたテントフレーム]
海岸の視察中、壊れたテントのフレームを見つけました。発泡スチロールやペットボトルなどは風と潮流によって別の場所から畠島に流れ着くことがありますが、このような大きな金属製品は、わざわざ船で運んできたりしなければここにあるはずがありません。




[掘り起こしたバーベキューコンロ]
これは、おそらく数か月間砂浜に放置されていたため、砂に埋まってしまっていたコンロです。つまり、ここで火気を使っていたことを示しています。実は、夏に畠島を訪れたときはもっとひどい状況でした。コンロだけで同時に4台、バーベキュー用の炭、食べ残した野菜、それから壊れたテーブルやイスなども放置されていました。


[看板の設置方法を検討する所員]
そもそも畠島では、自然保護の目的で海水浴客の上陸は許可されていません。そのことを周知するために、新しく注意書きの看板を設置する場所として、最も目につきやすい場所を選定しました。今後、畠島への無断上陸を含め、悪質な行為が減っていくよう整備することを予定しています。


Jan 7, 2013

海洋酸性化研究テレビ放映オンライン版公開

明けましておめでとうございます。

先月当ブログにてお知らせしましたが、瀬戸臨海実験所で行った海洋酸性化に関する研究が、去年の12月7日(金)にNHK BS1 ワールドWaveトゥナイトという番組内で放映されました。

この放送分がNHKのHPにて公開されましたのでリンクを掲載します。番組は2つに分割されています。



進む海洋酸性化 生物への影響は?(1)  (瀬戸臨海実験所は6分5秒より)
進む海洋酸性化 生物への影響は?(2)

この放映分はさらに英語に翻訳されNHKの国際衛星放送でも1月4日に放映されました。


(Posted by 諏訪)